夜の都会。
 ネオンの海。
 サーチライトという名のスポットライトを浴びて、白い鳥が夜の闇に浮かび上がる。
「キッドはあそこだ!追え〜っ!」
 中森警部の怒号が遥か遠くに聞こえる。
 冷たい夜の空気を切り裂きながら、白い鳥は闇の中を飛んでいった。







The Show Must Go On
〜それでもショーは続けなければならない







 怪盗キッドは、建設途中のまま放置されたビルの屋上に佇んでいた。
 天空には冷たく光る上弦の月。
 キッドは白い衣装の内ポケットの隠しから、今日の獲物を取り出すとそれを月に翳した。
 ビッグ・ジュエルとしてはやや小振りなサファイアは、月の光を受けて見事なまでに煌めいた。
 だが、それが紅い涙を零すことはなかった。
「ハズレか……。だとは思っていたが……」
 呟く声は低く重い。
 キッドは深い溜息をつき、それを手のひらの上で弄んだ。
 いつもなら、直ちに用済みの獲物を返却に行くのだが、今日はどうしてもそんな気になれない。
 手のひらの上で転がるサファイアをじっと見つめている。
「フッ…、『蒼の涙』……か。皮肉なもんだ……」
 『蒼の涙』はヨーロッパで先頃見つかったものを、日本のとある宝飾メーカーが買い取ったものである。
 ペアシェイプにカットされた見事なまでの蒼は、彼の人の瞳を彷佛とさせる。
「よりによって、今日の獲物がこれとはね……」
 キッドは手袋をしたままの手でそれを握ると、ギュッと胸に抱いた。
「しんいち……、しんいち……、しんいちーっ!」
 キッドの声は嗚咽によってかき消されていった。
 いや、いまここにいるのは怪盗キッドではない。
 例え白い衣装を身に纏っていようとも、哀しみを抑えられない黒羽快斗という一人の男に過ぎなかった。
「しんい…ち……」
 ポーカーフェイスが自慢の男の眸から一筋の涙が零れ落ちた。






















 夜の仕事のために早朝から一人家を出た快斗の携帯がなったのは、まだ陽が沈む前のことだった。
 液晶パネルに浮かび上がった名前に、快斗は朗らかに答えた。
「しんいち〜?どうしたの?俺の仕事の時に電話してくるなんて、珍しいじゃん?」
 快斗が怪盗キッドだと知っていて、何も言わずに支えてくれた心優しき恋人は、快斗がキッドの仕事で出かけているいる時には何があっても連絡を取ろうとはしなかったから。
 だが、携帯の向こうから聞こえてきた声は、愛しい人の声ではなかった。
「黒羽君?」
「あ、哀ちゃん?なんで、哀ちゃんが新一の携帯から……?」
 なにやら嫌な予感が快斗の頭を掠めた。
「新一は?新一に何かあったの?」
「……………黒羽君、心を落ち着けて聞いて欲しいの」
「……………」
「工藤君がなくなったわ……」
「え?」
 快斗は何を言われたのかわからなかった。
「しんいちが……なくなった……?」
 言葉が頭の中で意味をなさない。
「や、やだなぁ〜。哀ちゃん、何言って……」
「黒羽君」
「うそ……だよね?」
「……………」
 哀から言葉が返らないことが、それが事実だと言っている。
「うそだ……、嘘だ、嘘だ、嘘だーっ!俺、信じないから!信じないからね!!!」
「黒羽…君……、嘘じゃ…ないの…よ……」
 聞こえてくる哀の声にも嗚咽が混じる。
「ど…ゆ…こと……?」
「本屋に行くって……、出掛けて……。『ドロボー』って声が聞こえて……、工藤君が犯人を追い掛けたの……。そしたら、揉み合いになって……、隠し持っていたナイフがお腹に刺さって……。すぐに病院に……。でも、ダメで…………」
 哀の声が嗚咽に掠れて、途切れる。
「すぐ行く!病院はどこ?新一に会わなきゃ……」
「黒羽君!」
「血でも、内臓でも、なんでもやるから!」
「もう、遅いの……」
「そん…な……。しんいちーっ!」
 今朝、出掛ける前にベッドの中で交わした甘い一時が甦る。
 はにかんだ微笑みも、柔らかな髪も、甘い唇も、しなやかな身体も、もうこの世にはないと言うのか。
 快斗の世界から全ての色が失われていくようだった。
「……黒羽君?」
「なに?」
 哀の呼び掛けに答える快斗の声には、生気も感情もない。
「工藤君から貴方へのメッセージがあるの……」
「しんいちから?」
「ええ。『必ず目的を達成しろ。一流のマジシャンなら途中で舞台を降りるな』……って」
「……………」
「そして、最後に『快斗、愛してる』。そう言って、息を引き取ったわ……」
 快斗の涙腺の堰が破られて、ボロボロと涙が零れ落ちた。
 恥ずかしがり屋の恋人が初めて自発的に口にしてくれた愛の言葉。
 それをこんな形でしか聞くことができないなんて……。
「行きなさい!それが工藤君への弔いになるのよ!」
 哀に叱咤されながらふらふらと快斗は夜の街へと出て行った。






















「ドロボーに興味ないって言ってたクセに……」
 蒼い宝石に向かって語りかける。
 それが愛しい人の瞳から零れ出たものであるかのように。
「ヒドイよ……。ちゃちなコソ泥に命盗らせるなんて……」
 新一の命までも自分のモノであったハズなのに、自分が知らない間に全て消えてしまった。
 新一という支えを失って、これからどうしろというのか。
『必ず目的を達成しろ。一流のマジシャンなら途中で舞台を降りるな』
 いまわの際に残したという新一の言葉が頭に浮かぶ。
「しんいち……」
 バラバラバラバラとヘリの音が近づく。
 3つの光の条が動き、キッドの姿を捕らえる。
「キッド発見!キッド発見!建設途中のビルの屋上にキッドの姿を確認しました!」
 興奮気味の声が傍受している無線から聞こえてくる。
 眼下には続々と赤色灯がこのビルの下へと集まっている。
「よーし、C班D班は俺に続け!ヘリは上空から監視を続けろ!残りの者はここで待機だ!」
 中森警部の怒号に続いて、「おーっ!」という雄叫びが続く。
「警部とおっかけっこしたい気分じゃないよ……。新一……ツッ!」
 頬に一瞬痛みが走る。
 触れると白い手袋の先が赤く染まった。
 狙撃ではない。
 熱は感じなかった。
「しんいち……、怒ってるの?」
 おそらくは、それはキッドを囲む3台のヘリが作り出した一瞬の真空状態。
 俗に言う『鎌鼬』だったのだろう。
 だが、キッドにはそれが新一の仕業に思えた。
 哀しみにばかり目を向け、前を見ようとしないキッドへの怒りの爪痕。
「そ……だね。これで捕まったりしたら、新一のライバルなんて言えないよね……」
 キッドは手袋で涙を拭うと、シルクハットを目深に被り直した。
 そして、今一度、手にしていたサファイアを月に翳した。
「キッド!!!」
 中森警部が先頭切って屋上へと飛び出してきた。
「お静かに。いまは亡き名探偵に祈りを捧げているのですから」 
「貴様、なぜそれを!」
 中森警部の元にも、工藤新一死亡の報せは届いていた。
 だが、それはまだ一部のものしか知らないトップ・シークレットだった。
 その証拠に周囲の警官の間にざわめきが起こる。
「残念ながら警部、私を逮捕することは一生叶いませんよ?私を捕まえられる人はもうこの世にはいない」
 キッドは白い羽根を広げると漆黒の空へと翔んだ。
「The show must go on.」
 そう呟いて―――。
















「しんいち……」
 夜の空を渡りながら、快斗は新一へと語りかけた。
「新一の願いは必ず遂げる。約束するよ。けど……」
 キッドは宝石箱をひっくり返したような夜の街を見下ろした。
「けど、目的を達したら……。その時は、新一の元に行ってもいいよね?」
 返る答えはない。

 夜空にはただ月が冴々と輝いていた。

     


    いかがでしたでしょうか?
    ついに本当の意味での死にネタを書いてしまいました。
    タイトルは故フレディー・マーキュリーの遺作から。
    前から、このタイトルで書きたいとは思っていたのですが、なかなか踏ん切りがつかなくて……。


北原白斗様から、イメージCGをいただきました。(030901)


ATLIER