Dolce Vita

 早朝の清々しい風も、ジリジリと照りつける太陽によって生暖かい風へと変わっていく八月の朝。

 けれども、暑くもなく寒くもない程よい温度に設定された空調の効いた部屋は、外界の猛暑など関係なかった。
 柔らかなベッドに身体を埋め、新一は惰眠を貪っていた。
 喧しい程の蝉の泣き声は完全防音の分厚いサッシにシャットアウトされ、強い陽射しも厚いカーテンに遮られて、新一を目覚めさせることはできなかった。
 糊のきいたシーツは半分ずり落ちていて、そのしなやかな身体を……そして、その白い肌に無数に散る紅い華を惜し気もなく曝している。

「ったく……、無意識ってとこがコワイんだよね……」

 艶かしい新一の寝姿を見て深い溜息とともにそう呟いたのは、現在新一の同居人兼恋人である黒羽快斗だった。



 快斗には、『怪盗キッド』という別の呼び名があった。
 新一がまだ『江戸川コナン』と名乗っていた時に出会い、いくつかの邂逅を重ねるうち、彼を追う組織と新一をコナンに変えた組織が同一だと判り、戦友となった。
 2人で組織を叩き潰したあと、新一は元の姿を取り戻した。
 そうして日常を取り戻してみると、新一は自分の内に起きた一つの変化に気がついた。
 ずっと想いを寄せていたはずだった幼馴染みに対し、彼女の幸せを願う気持ちはあっても、自分が幸せにしたいという気持ちが極めて希薄になっていた。
 十代にありがちな性的な欲求すら感じないのだ。
 彼女の全てが欲しいとは思わなかった。
 そして、性的な意味も含めて、欲しいと思う存在が別にいた。
 その相手は男で、新一とは正反対の立場にいた。
 自分でも信じられない想いを何度となく打ち消そうとしたが、そう思えば思うほどに彼のことを思い浮かべていた。
 その相手とは……、戦友としてずっと一緒に戦ってきた『怪盗キッド』。
 長い時間を共に過ごし、共に苦闘を乗り越えたせいか、命を賭けた友情はいつしかその一線を越えた想いへと変わっていたのだ。 
 
 一線を越えた想いを秘めていたのは、新一だけではなかった。
 快斗もまた、同じような想いを抱えていた。
 
 自分の気持ちに戸惑いを感じている新一と違い、快斗はダメ元で新一に想いを告げてきた。
 いまになって思い返せば、気障な怪盗にしては驚くほどにそれは拙い告白だった。
 けれど、その時の新一は自分の気持ちすら受け止め切れないほど余裕がなかったので、そんなことを思う間もなく快斗に答えを返したのだった。
 たった一言、「俺も……」と。

 それが3ヶ月ほど前のことだった。
 二人の想いが通じあった翌日、快斗は身の回りの荷物だけをもって工藤邸へとやってきた。
 以来、快斗は新一の家から学校へと通っている。
 と言っても、いまは夏休み。
 新一が事件に呼ばれてしまったり、快斗がマジシャンとしての仕事に行ったりすることもあったが、何もない日は朝から晩まで、二人っきりの毎日を過ごしている。
 そう、二人はいま、まさに蜜月ただなかにいた。



「ほら、新一。起きて。もう10時だよ?」
 薄ぼんやりと目を開けると快斗の笑顔が目に入る。
「おはよ……」
「おはよ、新一。もう、朝ゴハンできてるから、着替えて降りておいでよ?」
 チュッと頬に一つキスを落とし、快斗は「いつまでも暗くしているからだよ」と窓の方へと移動した。
 シャーッと音を立ててカーテンを開けると、夏の強い陽射しが新一の身体を眩く照らす。
 突然の眩しさに新一は身じろいだ。
「んっ……」
 眩かったのは朝日だけではなかった。
 陽の光を背にした快斗が、新一にはキラキラと輝いて見えた。
 黄金色の光に照らされた身体は、いいカンジに引き締まって、まるで太陽神アポロンを思わせるような神々しい美しさだった。
 新一はうっとりと見蕩れながら思った。
 月下に白い衣装を纏って立つ、月の女神の祝福をその一身に受けた凛としたキッドの姿も好きだったが、快斗には陽の光が良く似合っている、と。
「かいと……」
「ん?」
「お前……、いいオトコだな……」
 言ってしまってから、新一は急に照れくさくなって顔をシーツに隠した。
 寝ぞべる新一の背中に、ツゥーッと快斗の指が這う感触がした。
「か、かいとっ!」
 責めるように新一が快斗の名を呼ぶと、すぐに快斗の腕にシーツごと抱き締められて、新一は身動きが取れなくなる。
「新一が誘ったんだからね?」
 開き直るように言い放ったあと、快斗が耳許に囁いてくる。
「我慢してたんだから……。新一のあんな色っぽい寝姿見て……。理性なんか吹っ飛んじゃいそうだったんだから……。なのにさ……」
 快斗がシーツを剥いで、新一の隣へと滑り込んできた。
 甘い囁きを落とした唇はそのまま項を吸い上げ、首筋を噛み、背筋を這い回る。
「コラッ!くすぐってぇだろーが!」
「くすぐったいだけじゃないでしょ?」
 新一が首を回して快斗を睨み付けると、快斗はニヤニヤと笑いながら新一の唇を吸った。
「んっ……、かいと……っ……」
 甘く貪られる唇に、新一の身体は力を奪われていく。
 浮き上がった胸にすかさず快斗の指が回される。
「あ……んっ………」
 胸の突起を摘まれると、甘い吐息が洩れる。
 みるみるうちに小さな乳首は尖り始め、身体は快感を堪えるように身じろぐ。
「しんいち……」
 熱を帯びた快斗の囁きが耳に吹き込まれると、新一の胸がキュンと高鳴った。
 新一の身体を愛撫する手が下肢へと伸び、股間の昂りへと触れてくる。
 すでに勃ちあがり始めているそれは、与えられた刺激によって一気に硬くそそりたっていった。
「あ、ダメッ……」
「こんなになってるのに?」
 優しく扱かれているそれは、更に硬度を増していく。
「やぁっ……、かいとっ……」
 新一に別に拒むつもりはないけれども、情事の始まりはどうしても照れくささが先に立つ。
 素直でない新一の口からは、ついつい否定的な言葉が出てしまうのだ。
 快斗もそれを充分わかっていて、わざと愛撫する手を止めてみたりする。
「新一が本当にイヤならやめるよ?」
 わざとだとわかっていても、新一の口から続きを強請らない限り愛撫する手は戻ってこない。
 口惜しく思いながらも、結局新一は恥ずかしい言葉を言わざるを得なくなるのだった。
「やっ…!欲しいッ、かいとっ……」
「新一、俺も……」
 熱っぽい声と共に快斗の指が新一の後庭を探る。
 新一の零した蜜でグショグショに濡れた快斗の指がゆっくりと入り込んでくると、その痛みに新一は息を乱した。
「はぁっ、ああぁっ…ん……っ!」
「痛い?」
「だいじょ…ぶ……」
 痛みよりも僅かに芽生える甘い疼きを追うように、新一は腰を揺らした。
 増やされる快斗の指が感じるところに当たると、新一はキュッと快斗の指を締め付けた。
「しんいち…、力抜いて……」
「ごめっ……」
 快斗は新一の強張りを少しでも和らげようと、前に手を伸ばし華棹を優しく扱いた。
「あぁっ……」
 程よく力が抜けると、快斗の指が更に増やされ新一の中を掻き回す。
 押し広げられた蕾が快斗の熱が入り込んでくるのを待つようにヒクついている。
「かいとっ…、かいとぉ…っ……」
「もう欲しい?」
 新一がコクコクと頷くことで答えを返すと、快斗の昂りが新一の蕾へと押し当てられる。
「あぁっ…、はや…くっ……」
 新一の後庭は強く疼いて刺激を待ち望んでいた。
  「愛してる……、新一……」
 それが解放の呪文のように、新一は艶やかな笑みを浮かべると強請るような激しい口づけを快斗に贈った。
 その直後、グッと激しい圧迫感とともに快斗が入り込んでくると、苦しさに新一は綺麗な眉を顰める。
 だが、その後にやってくる快楽を新一の身体はもう覚えこんでいた。
 快斗の動きに合わせるように、新一は腰を揺らし、一番感じるところへと快斗を導いていった。
 シーツの海を泳ぐ新一の白い身体は薄紅色に染まり、見るものを惑わせる。
 それを唯一見ることを許された快斗は、優しく、そして激しく、新一を貫いていく。
「あ、ああっ、イイッ……。イきそっ……。かいとっ、カイトォッ……!!!」
「いいよ、イって…。しんいち……っ!」
 新一の中で快斗はこれ以上はないというぐらいに膨らんで、いまにもはち切れそうだった。
「あ、かいとぉぉぉぉっ!」
「しんい……ち………っ!」
 新一の中に熱いものが迸ると、新一も白濁の蜜をまき散らした。


 


 新一が事件で出掛けてしまって暇を持て余していた快斗は隣家へと遊びにきていた。
 未だ小学生の姿の哀には新一と協同戦線を張った時に、また哀の保護者である阿笠博士には新一と同居を決めた時に全てを話していた。
 哀は薬学の専門家であり、医学の心得もある。
 阿笠博士はコナンの秘密兵器でもわかるように、かなり当たりはずれはあるものの、風変わりな発明品には一目おけるものがある。
 元・組織の一員だった哀はともかく、阿笠博士にまで受け入れて貰えるとは、正直思っていなかった。
 だが、新一をコナンに変えた薬の製作者である哀をすんなり受け入れた人物である。人間の本質というものを正しく見極める力を備えているのだ、といまならわかる。
 新一もそれをわかっているからこそ、哀を受け入れ、快斗に正体を明かすことを勧めたのだろう。
 快斗の正体と新一との関係を知った二人がいろいろとバックアップをしてくれるのは、組織を潰したと言ってもなお見つからないパンドラを探し続ける快斗にとっては頼もしい限りであった。
 ただ……。
 時折、とんでもないものを発明しては周囲を巻き込むのが、阿笠博士の欠点でもあった。



「あ〜いちゃん!」
 哀を呼びながら勝手知ったるなんとやら…とばかりに、隣家へと入っていく。
 返事がなくてもお構いなしだ。
「あれぇ? 留守かな……? でも鍵開いてたから、どっかにいるんだよね……」
 快斗はまっすぐキッチンへ向かうと、冷凍庫を開けてアイスキャンディーを取り出した。
 ペロペロとアイスを舐めながら二人の姿を探して阿笠邸の中を徘徊する。
 哀の実験室となっている地下室へと赴き、姿がないのを確認すると、一旦外に出て庭へ都まわる。
 グルッと一周家の周りを見て、外にもいないのをがわかると、再び家の中へと戻った。
 2階はプライベートな空間として使われているため、いかに遠慮を知らない快斗と言えども、ずかずかと上がることはしない。
 快斗はリビングの奥へと進んでいった。
 ちょうど最後の一口を食べたところで阿笠博士の仕事場となっている部屋に辿りついた。
「哀ちゃ〜ん?博士ーっ?いないのーっ?」
 二人を呼びながらドアを開けると、快斗の目に見慣れないものが飛び込んできた。
「なんだ…これ……?」
 それは業務用冷蔵庫のような巨大な箱。しかも同じものが2つ並べて置いてある。
2つの箱は無数のコードで繋がれていて、さらにその両方からやはり無数のコードがスイッチやらボタンやらがたくさんついたコントロールボックスのような機械へと伸びていた。
「案外こん中にいたりして……」
 そんなバカな、とは思いつつも快斗はその箱の扉を開けた。
「なんだ……?」
 箱の中には、いくつかの物が置いてあった。
 木製の小さなテーブルと椅子。
 そのテーブルの上には皿に乗ったステーキ。それもニンジングラッセが添えられて。
 傍らにはナイフとフォークまである。
 おまけに赤ワインのボトルとグラスまで。
「なんでこんなもんがこんなとこに……?」
 快斗は腕を組んで首を捻った。
「考えたってわかる訳ないか……」
 グゥ〜〜〜〜ッ!
 快斗のおなかが盛大に自己主張を始めた。
「そういや一緒にお昼食べよって誘いに来たんだっけ……」
 快斗は横目でテーブルの上に並ぶ料理を見つめた。
 グゥ〜キュルキュルキュル。
 さらに自己主張を続けるお腹を抱えて、快斗は椅子に腰掛けた。
「博士も哀ちゃんもどこいっちゃったんだよ〜!」
 快斗が情けない声で呟いた時、人の声が聞こえた。
「これで大丈夫じゃろ」
 声でそこにいるのが阿笠博士だとわかる。
 快斗は立ち上がって箱から出ようとした。
 その瞬間、ガシャンと音を立てて扉が閉まった。
「うそっ!」
 快斗が慌てて扉を押すが、扉はビクともしなかった。
 一筋の光も差し込むことのない真の闇の中に快斗は閉じ込められてしまったのだ。
 怪盗キッドとして培った判断力は、むやみに体力と酸素を浪費することを回避させた。
 手探りで椅子を探しあてると、再び腰を下ろした。
 そして、次に快斗がしたことは…………、テーブルの上にある料理を片付けることだった。
「腹が減っては戦は出来ぬってね。ここからいつ出られるかわかんないしぃ」
 そう独り言ちて、手探りでナイフとフォークを探しだすと、少し冷めてしまったステーキにフォークを突き立てた。
 その時、暗闇の中を緑色の光の筋が走った。
 快斗はフォークに刺さった肉を口に運ぶのも忘れて、光の筋を見つめていた。
 それは箱の上部からゆっくりと降りて来て、やがて快斗を照らした。
(なんか身体ん中スキャンされてるみたい……)
 光の筋が床まで落ちると再び闇に包まれた。



 暗闇の中、快斗は忘れていた食事を再開した。
 するとまばゆい光が闇の世界を消し去った。
 扉が開いても、快斗は箱の中から出ようとはせずに食事を続けた。
 皿の上が空になったころ、阿笠博士の声が響いた。
「か、快斗君!?こんなとこで何をしとるんじゃね?」
 快斗は悠然とワインを片手にニッコリと笑った。
「あ、博士!旨いね、このワイン。」
「さすがは快斗君じゃな。ワイン好きの友人から貰ったんじゃが、ワシにはよくわからんのじゃよ」
 ワインのことはよくわからないと言う阿笠博士は大の日本酒好きだった。
 ひとしきり酒談義をしていると、小さな足音が聞こえてきた。
「ただいま。博士、実験はどうだったの?」
 哀がそう言いながら、顔を覗かせた。
「あら、黒羽君来てたの」
「おかえり、哀ちゃん。どこ行ってたの?」
「吉田さんの家で夏休みの宿題をね」
「哀ちゃんが教えてたの?」
 見かけどおりの年齢ではない哀が小学生の勉強を教えてもらう必要などない。
「それもあるけど、グループ研究だけは一人じゃできないでしょ?」
「なるほどね」
「で、博士?実験の結果は?」
 哀がもう一度阿笠博士に尋ねると、博士は「そうじゃったわい」と立ち上がって快斗が入っていた箱とは別の箱の扉を開けた。
 中を見た博士は、その場に硬直してしまった。
「博士、どうかしたの?」
 博士の様子に築いた哀が尋ねた。
 博士は何も答えられずに口をパクパクさせている。
 哀が博士の方へと歩みより、ひょこりと中を覗いた。
「………………………………………………………………………黒羽君」
 たっぷりの間のあと、哀が快斗を呼んだ。
「ん?」
 快斗が首だけを哀の方へ向ける。
「あなた、いつからここにいたの?」
「えーっと、1時間ぐらい前かな?博士達を探しにきたら、そっちの箱に閉じ込められちゃってさぁ〜。え……っと、なんかあったの?」
「おおありよ」
 哀に手招きされて、箱の中を覗く。
 先ほど快斗がいた箱と全く同じ、テーブルに椅子、料理にワイン。そして………。
 快斗とまったく同じ容姿をもった人物がいた。
「だ…れ……?」
「あなたのコピーよ」
 哀が頭痛がすると言わんばかりに、頭を抑えてそういった。
「コピー?」
「そう、コピー。これは博士の発明品で物質コピーマシンなのよ。単に姿形だけでなく、その細胞やら原子までもコピーしてしまうもの」
「で、でもっ!コピーって生きてる訳じゃないんだろ?」
「生きてるわよ」
 あっさりと言い放った哀がもう一人の快斗の手を取り脈を取っている。
「体温もあれば、脈もあるわ」
「うっそ〜〜〜〜!!!」
 快斗はムンクになっていた。
「とにかく、彼を隅から隅まで調べてみないとね。それと……、このこと工藤君にどう説明するか考えておいた方がいいわよ、黒羽君?」
 哀は快斗のコピーの手を取って、自分の実験室へと連れていった。
 あとには、いまだ硬直したままの博士とムンクのままの快斗が残されていた。






 その夜、帰宅した新一は快斗が出迎えに出てこないのを不審に思った。
 玄関に靴はあるから出かけていないことはわかる。
「かいと……?」
 真っ暗なリビングの照明のスイッチを入れると、ソファに快斗が座っていた。
「快斗」
「え? あ、おかえり……」
 いったい何時間こうして座っていたのか。快斗は外が暗くなっていることにすら気付いていなかったようだ。
「どうした?お前が周囲のことに気付かないなんてよっぽどじゃね〜の?なんかあったのか?」
「うん……、じつは……」
 そう言うものの快斗はなかなか話を切り出さない。
「どうした?」
「あのね……、しんいち。じつは……できちゃったんだ……」
 新一はきょとんとしていた。
 いったい何ができたというのか。さっぱりわからない。
 新一は困った挙句、とんちんかんな答えを返した。
「おめでとう、快斗。で……俺の子か?」
「へ?」
 新一がなぜ「おめでとう」などと言ったのかわからず目をぱちぱちさせていた快斗は、たっぷり5分ぐらい考えた挙句ようやく新一の言葉を理解した。
「何バカなこと言ってんの!俺が妊娠する訳ないでしょ?妊娠するとしたら新一の方っ!」
 新一が戻ってきたら、なんといって説明しようかず〜っと悩んでいたことも忘れて快斗は怒鳴った。
「俺は男だ」
「俺だって男なの!」
 わかりきったことを言い合う二人の痴話喧嘩を哀が見ていたら、「バカにつける薬はない」と呆れ返っていたことだろう。
 この場に哀がいなかったのは二人にとって幸運だったのだが、そんなことを思う間もなく不毛な言い合いを続けていた。
「じゃあ、何ができたのかわかるように言ってみろ」
「できちゃったのは俺のコピーなの!」
「こ、ぴ……ぃ……?」
 今度は新一が言われた意味がわからず、目をパチパチさせていた。
「そ!阿笠博士が『物質コピーマシン』とか作っちゃって、ちょっとした手違いで俺のコピーが出来ちゃった訳!わかった?」
「全然わからん」
 快斗は癖の強い髪をグシャグシャと両手で掻き回した。
「あ〜、もう! ちょっと来て!」
 快斗は新一の腕を掴んで、隣宅へと向かうのだった。



「なんなんだよ!」
「百聞は一見にしかず!説明するより見た方が早いでしょ?」
 快斗は、そう言って阿笠邸の玄関を開けた。
 勝手知ったるなんとやらで、ずんずんと新一を連れて中へ入り込むと、阿笠邸のリビングで白い衣装を纏った快斗に瓜二つの男が、阿笠博士や哀とともにお茶を飲みながら和んでいた。
 その光景にあんぐりと口を開けたまま立ち尽くしていた新一の肩に、快斗ははぁ〜と大きな溜息をつきながらポンと手を置いた。
「つまりこういうことなの。だからよろしくね」
 快斗の声に哀が反応した。
「あら、来てたの」
 クスッと意味ありげに笑う哀に、快斗はバツが悪そうに頭を掻いた。
 哀は一旦呆然と立ち尽くす新一に視線を向けると、再び快斗へと向き直った。
「聞くより見る方がわかりやすいでしょ?」
 生きた人間のコピーなんて、身体が小さくなるのと同じぐらい有り得ないと思う。
 けれども現実に彼を目にしたならば、それを認めないわけにはいかなかった。
 新一はコピーの前にツカツカと歩みよると、おもむろに鼻を摘んだ。
「確かに誰かを変装させて、俺を担ごうとしてる訳じゃなさそーだな」
 新一はコピーの鼻を摘んでいた指を放した。そして、上から下までを胡散臭いものを見るような目で見回した。
 だが、新一はその男に快斗と違うところなど何一つ見つけることはできなかった。
「ホントにコピーなのか?」
 新一は誰に聞くともなしに呟いた。
 それに答えたのは、白い衣装を纏った男だった。
「えぇ、名探偵」
 かつて、まだ恋人が単なる戦友にすぎなかったころに自分をそう呼んだのと全く同じ声で同じ調子で男は答えた。
「顔や身体だけじゃないの。記憶もコピーされてるわ」
 哀がそう付け加える。
 新一はどことなくイライラした面持ちで言葉を続けた。
「なんでそんなカッコしてる?それにその口調。普通に喋れよ」
 はぁ、と男は苦笑する。
「それが名探偵のご希望とあらば。私としてはこの方が落ち着くのですが」
 新一は首を傾げた。
 快斗はキッドとしてでなく快斗として隣に立つようになってから、ごく普通の話し方で話し、普通の恰好をしている。それが快斗の本来の姿なのだろう。
 なのに、この男はキザな喋り方で話し、ステージ衣装のような(もともとキッドの衣装にはそういう意味合いが含まれているのだが)服が落ち着くという。
 本当にコピーならば、そういった気質までコピーされていいのではないだろうか?
 新一は頭に浮かんだ疑問をオリジナルへとぶつけてみた。
「どういうことだ?」
 疑問を投げ付けられた快斗は無言で肩を竦めた。
 今度も哀がフォローに入った。
「あくまで仮定なんだけど……、暗闇の中に閉じ込められた黒羽君は、多分怪盗としての能力をフル回転させて、何が起こるかわからない状況に備えたのね。その状態をコピーされたから、怪盗としつの気質の方が色濃く出てしまったんじゃないかしら」
 説明されて、その内容に納得はするものの、新一はこの現実を素直に受け入れることはできなかった。
「私と博士は彼をキッドと呼ぶことにしてるわ」
「キッド……」
「えぇ、いつまでもコピーと言う訳にもいかないし」
 確かにそうかもしれないが、だからといってその呼び名はいくらなんでも安直すぎないかと、新一は思った。
 しかし当の本人にそれを嫌がるそぶりもないので、新一は何も言わずにいた。
 すると、キッドは優雅に一礼すると新一の手を取ると甲に唇を寄せた。
 新一はされるがままにその手をキッドに預けていた。
 だが……。
「新一」
 快斗が呼びかける声に新一はビクンと身体を震わせると、その手を振り払って逃げ出した。
「……嫌われてしまいましたね」
「………………」
 新一の真意が掴めず、快斗もキッドもただその場に立ち尽くしていた。






 新一は自室のベッドに突っ伏していた。
 どうしてあの場から逃げ出してきてしまったのか。
 それをいくら考えても、いまはなにもわからなかった。
 ただ、どうしようもなくあの場にいるのがイヤだった。
(だって……、どうしろって言うんだ、俺に……)
 ようやく結びついた最愛の恋人。その恋人と全く同じコピーだと言われても、どうしていいのかわからない。
 恋人となってからは快斗が「俺なりのケジメなんだ」と言って決して見せようとはしない白い怪盗の姿。
 新一はその姿の快斗に出会い、追い掛け、共に戦い、好きになったのだ。
 それなのに………。
 コンコン、とドアをノックする音が渦巻いていた新一の思念を撃ち破った。 
「しんいち?入ってもいい?」
「……………」
「入るよ?」
 ドアが半分開きかけた瞬間、思わず新一は怒鳴っていた。
「入るな! いまは誰にも会いたくねぇ!」
 開きかけたドアはそのままゆっくりと閉められる。
「わかった……。新一、前にも言ったけど俺、明日から4日間いないから……」
 言われるまで忘れていた。地方のホテルでのマジックショーの仕事がきたのだと言っていた。
 そのまま遠ざかっていく足音を、新一は混乱する頭の奥で聞いていた。





 これといった事件もなく、快斗が出かけているため、新一は暇を持て余しながらソファに寝っ転がって本を読んでいた。
 いや、正しくは本を読んでいるうちに、うたた寝してしまっていた。
 スヤスヤとした心地よさそうな寝息を聞くものは誰もいない。
 時計の針がコチコチと動く音だけがやけに響いていた。
「クスクス」
 誰もいないはずの邸内に突然忍び笑いの声がする。
 けれども、新一は深く眠りに囚われていて、一向に目覚める気配はなかった。
 規則正しかった寝息が突然乱される。
 息苦しさに新一が目を覚ます。
 最初に目に入ったのは、いつも見ているはずの顔だった。
 だが、意識がはっきりするにつれて、はっきりとした違和感になる。
 彼が白い衣装を纏っていたから???。
「かいと……?」
 彼は顔を起こして新一の顔を正面から見据えると、嘲りを伴った不敵な笑みを浮かべた。
(違う……、快斗じゃない……)
 快斗が今日はいないのだということを、新一はようやく思い出した。
(じゃあ……、これは……)
「キッド……?」
 キッドは何も答えずに、新一の唇に自分のそれを重ねた。
 強引に入り込んでくる舌に歯列を割られ、口腔の隅から隅まで犯されていく。
「やめ……っ、キッドッ!」
 新一はもがくようにして、キッドの拘束から逃れようとした。
「なぜ……?なぜ、私ではダメなのですか?私の中には快斗の想いも、貴方の肌の記憶もそのままコピーされているというのに」
 キッドは新一の肩に顔を埋めながら、苦しげに新一への想いを吐露した。
「なぜ、快斗ならよくて、私ではダメなのですか? 私がコピーだから? コピーには貴方を想う資格すらないのですか?」
「違うッ! そうじゃない…、そうじゃないんだッ……」
 新一は慌てて、頭を振った。
 新一の瞳はいまにも泣きだしそうなほどに潤んでいた。
「では、なぜ私を避けるのですか?」
「それは……」
 キッドは口を噤んでしまった新一の頬を優しく撫でた。
「俺は、その……、わからないんだ……」
「なにが……ですか?」
「お前とどう接すればいいのか……」
 いきなり、快斗のコピーだからよろしく、と言われても、快斗と同じように接することはできなかった。
 快斗と同じ。
 快斗は単なる友人ではない。一つ屋根の下で暮らし、キスしたり、ベッドを共にして寝たり、それ以上の恥ずかしいコトまでしてしまうような関係なのだ。
 快斗であって快斗でないこの男・キッドとも、そんな風に接していいのか?
 いくら考えても、新一には答えなど出しようがなかった。
「名探偵は私がお嫌いですか?」
 新一は弱く首を横に振った。
 嫌いな訳がない。
 自分が最も愛する人と全く同じなのだ。
 まして、新一は元々、怪盗キッドであった快斗を好きになったのだから。
「名探偵……、私だとて快斗と同じです。あなたに触れたい、あなたを愛したい、あなたと深く繋がりたい……」
 キッドは切なさに満ちた声で、新一を優しく抱き込んだ。
「あ……ンッ……、やめっ……キッド…ォ……」
 首筋に唇が落とされ、新一は小さく啼いた。
「名探偵……、お願いですから……私を拒まないで……。私のことも愛して……」
 キッドの切ない呟きに、新一はもう何もできなかった。
 力が抜けていく新一の身体をしっかりと抱きとめ、キッドは何度も繰り返し口づけを落とした。
 優しく髪を梳いていた指が頬を撫で、首筋を這い、シャツのボタンを外す。その内側へと侵入する指が小さな突起を探り当てる。
「アッ……」
 小さな啼き声と共に新一の身体に僅かに力が入る。
「ほんとうに敏感なんですね」
 記憶にだけある新一の媚態を一つ一つ確かめるようにキッドは新一を愛撫した。
 華芯を扱き、溢れ出る蜜を舐め、頼りなげに揺れる双玉を揉みしだく。
 快楽に花開く媚態は目眩がしそうなほど美しく、匂い立つ色香は気も狂わんばかりに甘やかだった。
「ンッ……そこは……」
 震えるようにひくつく蕾にキッドが指を這わすと、新一はビクッと強張った。
「やはり快斗でなければダメなのですか?私を受け入れるのは嫌?」
 新一は小さく頭を振った。
 キッドだから、コピーだから、という気持ちはもう新一にはなかった。
 それに……。
 新一の身体はもうこのままでは終われないというほど疼いていた。
「いつも……、こう……だから……。知ってる……だろ……?」
 切れ切れの息で言いながら笑う新一に、キッドは少し驚きながら微笑み返した。
 それは無意識の言葉だったのだろう。
 けれど新一が快斗とコピーである自分を区別することなく想ってくれているようで、キッドは嬉しかった。

 丹念に解された蕾にキッドが昂りを押し当てる。
「いいんですね……?」
「いいっ……、早く……挿れろよっ。もぉ、待てな…いっ……」
 キッドの熱い肉棒が新一の蕾をさらに押し広げながら挿入ってくる。
「名探偵、愛してます……」
 挿入の痛みを堪える新一の耳に甘い囁きを落としながら、キッドはゆっくりと腰を進めた。
「辛くないですか?」
「へい…き……」
 挿れては抜きを繰り返し、キッドのモノが全て中に収まる。
 新一は心の中でホッとしていた。
 新一の中を掻き回すモノの熱さも、その形も、新一の身体に馴染んだものだった。
 抽挿が激しさを増し、新一を満たす。
「あぁ、めいたんて……っ……。貴方の中はなんてキツくて、なんて熱い……。最高です」
 記憶だけでなく、その身を以て知る新一の味にキッドは恍惚とした表情で激しく新一を貫いた。
「い、イイッ……。キッドォ……!」
 新一も自ら快感を追って腰を揺らす。
 結合したところからグチュグチュと淫らな音が響いた。
 新一の手が縋るものを求めて宙を泳ぐ。
 その手に引き寄せられるようにキッドが身体を倒すと、新一のてはすぐさまそこに巻き付いた。
「あぁっ……、もぉ、イくっ……!」
 新一はキッドの背中に爪痕を残して、熱く滾る欲望を放った。
 僅かな罪悪感と共に???。 






 半ば流されるようにキッドと身体を繋いでしまうと、今度はキッドから離れることができなかった。
 快斗の不在はわずか数日のこととはいえ、蜜月の真っ最中の二人にはそれは永遠のように思われるような時間だったのだ。
 快斗がいない寂しさを埋めるように、新一は四六時中キッドと共に過ごしていた。
 さすがは快斗のコピーだけあって、料理の腕も味付けも同じだし、新一の好みを熟知している。
 快斗がしてきたのと全く同じように甘やかされた新一は、たった1日ですっかりキッドに懐いていた。



 ソファに座って本を読んでいた新一の手元に影が落ちる。
「ん?」
 顔を上げれば、キッドがそこに立っている。
「名探偵、貴方が本ばかりに夢中になっていると、私がこの世の全ての本を盗んでしまいますよ……?」
 甘く響くキッドの声は、新一の身も心も蕩けさせる。
「バーロ……」
 言葉は悪くても、フワリと零される笑みには甘さが漂っていた。
 キッドは背もたれに手をつくと身を屈めて、新一の唇に自分のそれを重ねた。
「ンッ……」
 深い口づけは、決して激しいものではなかったが、キッドの欲望を十分に物語っていた。
 そして、新一ももうそれを拒もうという気にはならなかった。
 ピチャピチャと濡れた音を立てて舌が絡み合う。
 注がれる唾液を全て受け止めきれずに、新一の首筋を濡らす。
 背もたれに置かれたはずの手はいつのまにか、新一の下肢を揉みしだいていた。
「アァ…ッ……、キッドッ……」
「ふ〜ん、新一ってばすっごいインランなんだ」
 身体を仰け反らせて喘いだ新一の背後から冷たい声が投げつけられた。
「か、快斗っ!」
「恋人のいぬ間に浮気?俺よりもキッドがいいってわけ?あ、それとも男なら誰でもいいのかな?」
 最愛の恋人から、思いもかけなかった嘲るような言葉を浴びせ掛けられ、新一はガタガタと震えだした。
 そんな新一をキッドは優しく抱き包んだ。
 快斗がピクリと眉を吊り上げる。
「フンッ、コピーの分際で俺から新一を寝取ろうっての?」
 小バカにした口調で快斗がキッドに迫る。対するキッドも一歩も引かじと、新一を抱きながら快斗を睨みつけた。両者の視線がぶつかり、バチバチと火花を散らす。
 一触即発の緊張を破ったのは快斗だった。
「なら新一に選んで貰おうか?」
「え……?」
 快斗はニヤニヤと新一を見る。その表情は誰か知らない男のようだった。
「言葉で新一が答えられないなら、身体に聞いてみようってコト」
「な………」
 新一は何も言うことができなかった。
 快斗はスッと新一に近寄ると、いきなり股間を握った。
「クスッ、準備は万端ってカンジだね?」
 キッドは無表情に快斗を見ていた。
「いいでしょう。受けてたちますよ?」
 冷ややかな口調で快斗に応じたキッドに振り返る。
「キッド…?」
「名探偵……、愛してますよ」
 先制攻撃はキッドから始まった。
 新一を抱いていた腕にそのまま強く抱き寄せられて、唇を貪られた。
 あっという間に息があがる。
 キッドは神業のごとく新一の服を乱して、傍らのソファに腰を下ろした。
 新一を膝の上に乗せて、前と後ろの両方を指で攻め立てた。
 前を扱かれ、後ろに突き立てられ、喘ぐ新一の姿を快斗は何もせずにただ見つめていた。
 それが新一を不安にさせ、また興奮させていた。
「はぁ……っ、んっ……あぁっ……!」
 キッドの膝の上で新一は腰を揺らめかせた。






 押し広げられた後庭にキッドの昂りが挿れられる。
「新一ってば、そんな美味しそうにキッドのを食べるんだ」
 キッドのものが内襞を擦るように抽挿を繰り返す中、快斗に声をかけられて、新一はビクッと震えた。
「俺がここにいること忘れてた?ほんと、インランなんだね」
 新一の頬に手を当て、ゆっくりと撫で回す。
 自分の前を寛げると、すでに硬く大きくなった雄を取り出した。
「俺のはこっちの口で可愛がってもらおうかな」
 そう言って、快斗は新一の口に自分の昂りを突っ込んだ。
「んぐっ……」
 頭の後ろに手を当てられ、無理矢理奥まで突っ込まれると、息苦しさに噎せ返る。
 それでも、快斗は容赦なく腰を動かしてさらに奥へ奥へと突き立てた。
「ほら、もっと舌使って?」 
 言われるがままに新一は舌で抽挿される快斗の昂りを舐め上げた。
 快斗の先端から甘い蜜が零れ始めると、それを飲み込んでいく。
「どう、新一? 4日ぶりの俺の味は?」
 喉の奥にまで快斗のモノが突き刺さり、息苦しくて返事などできるわけがない。
「ウウッ……」
 新一は涙を流しながらも、快斗のモノをしゃぶり続けた。






 二人分の欲望を受けて、啼いて、身悶え、よがり、狂う。
「い、やだっ……、抜いてっ、快斗ぉっ……」
「どうして?こんなに絡み付いてるよ?ほんとにインランなんだね……。誰にでもこうなの?」
「ちがっ…!」
「キッドにされても、こんなになってたでしょ?」
 押し寄せる快感で途切れる思考の中、新一はそれが何かを考えた。
 考えてる最中にも、乳首を弄られ、花棹を扱かれ、双玉を揉みしだかれ、最奥に突き立てられる。
 身体中のあらゆる性感帯を全て同時に攻め立てられる。
「めいたんてい……、私のことも感じて下さい……」
「あぁっ……、キッドォ……ッ……」
「しんいち、すっごい感じてる……」
 新一の心に何かが閃いた。
(そうか…、考えてちゃダメだ……。感じるんだ……)
 新一は欲望に身を任せた。
「あぁっ……、もっと……ぉ……」
「めいたんていっ…」
「しんいち……、すっごいエッチぃ……。もっと狂って……」
 身体が悦びに震えている。
 交互に二人の肉棒を中に収め、掻き回された。
「あ…っ、んんっ……」
「イイ顔ですよ? すごくイヤラシイ……」
 ヒドイことを言われても、それが快感に繋がる。
(感じる……、快斗の…、キッドの……想い……を……)
 言葉はどんなに新一を傷つけようとしても、抱いている手が、突き刺さる昂りが「新一を愛してる」と言っているのが。
 新一は恍惚とした表情で、快感に酔いしれた。
 二人に嬲られるように愛されて、新一はもうギリギリのところまで感じていた。
(いいっ……、欲しい……。二人とも……。どっちかなんて、イヤだ……)
「ねぇ、どっちがいい? 俺とキッドと……」
「私と快斗と……」
「そん…の……、選べる…わけ……ない……っ」
 快斗を選べば、怪盗キッドである彼を否定することになる。
 キッドを選べば、快斗の本質を否定することになる。
 黒羽快斗という男を、まるごと愛したのだ。どちらが上も下もあるわけがない。
「どう…て、わかんねーんだよっ……」
 新一は掠れた声で叫びながら、白濁の液を放つと、そのまま意識を手放した。






「新一、ゴメンネ」
 ソファにぐったりと身を沈める新一を快斗は後から優しく抱きしめた。
 先ほどのセックスで身体よりも心が傷ついた新一は、答えを返そうとはしてくれない。
「名探偵、私からも謝ります。私も快斗も貴方がそんな方だとは思っていません。快斗が私のためを思ってしてくれたことなんです」
「な……に……?」
 聞き捨てできないことを聞いた気がして、新一はピクッと眉を寄せた。身体はもう指1本動かしたくないくらい疲れきっていたから。 
「新一にさ、キッドと仲良くして欲しかったんだよ。だって、最初にキッドにあった時、新一逃げ出したでしょ? 二人きりなら、そういうこともないかなって思ったし、ちょうどディナーショーがあったからね」
 だったら、そうしてたんだからそれでいいじゃないか! とツッコミたかったのだが、そんな気力ももう新一には残っていなかった。
「でもさ、新一、俺に対して罪悪感持ってたでしょ?」
 図星である。
 例えそれが快斗のコピーであっても、快斗にしてみれば別人なのだ。
 コピーと仲睦まじくしてるのは、快斗にしてみれば浮気されてるように思われるのではと不安だったのだ。
 事実、快斗はつい先ほど、そう言って新一を詰ったのだから。
「さっき、浮気したって……」
「うん、だからゴメン」
 謝ってるのかと思いきや、不埒な指が胸のあたりをまさぐっている。
「か、快斗!」
「さっきのお詫び?」
「何がお詫びだ!」
 身体さえ動けば蹴りの一発ぐらいお見舞いしなければ、気が済みそうにない。それなのに……。
「最高に甘い一夜にして差し上げますよ?」
 キッドまでが、そう言って新一の足下に跪くと、股間に顔を埋めた。
「もう無理だって…の……、ンッ……」
 どんなにしんどくても刺激を与えられれば、快楽を待ち望んでしまう。
 いまほど、そんな自分の身体を疎ましく思ったことはなかった新一であった。






 猛暑、というものを実感させてくれるような朝だった。
「新一、そろそろ起きなよ?」
「ん、あとちょっと……」
「名探偵……、起きてください」
 聞き慣れない口調に、新一はガバッと起き上がった。
 いや、起き上がろうとして失敗した。全身に…、特に下半身に鈍い痛みが走ったから。
「名探偵、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃない……」
 再び、枕に沈んだ新一は憮然として言った。
「ったく……、二人掛かりでとんでもねぇ……」
 心の底からは怒っていない新一に、快斗とキッドは顔を見合わせて笑った。
「新一だって、スゴかったよねぇ〜。もっともっとぉ〜って」
 完璧な物真似で、あのときの声を再現する。
「えぇ、私達の方が煽られっぱなしでしたよ」
「快斗っ! キッドも!」
 ボスボスと音がして、快斗とキッドの顔面に枕がぶつかる。
 新一は顔だけでなく、全身を真っ赤に染めていた。

「………そうだ」
 新一は、口をへの字に曲げながらも、話題を反らした。
 快斗とキッドも新一の糸はわかっていたが、とりあえず乗ってやることにした。そんな態度がまた新一をムッとさせるのだが。
「なに?」
「あのさ、キッドに名前つけようぜ?」
「名前……ですか?」
『キッド』と言う呼び名で充分だと、キッドは感じていた。
「そ! 青子ちゃんとか、蘭とかよくここに来るだろ?隠すのは得策じゃない。きちんと紹介した方がいい。その時、『キッド』なんて呼べねーだろ?」
 確かに。蘭ならともかく、あの幼馴染みの前で『キッド』なんて呼んだら何をしだすかわからない。快斗もキッドも苦笑を堪えた。
「それでは……」
 キッドが恭しくベッドに半起きになっている新一の傍らに跪いた。
「貴方が私の名付け親になってくださいますか?」
 新一はきょとんとした表情を一瞬向けたあと、ふわりと笑った。
 推理をする時と同じように顎に手を掛けて考え込んだ。
「橘斗。タチバナに快斗の斗と同じ字で『きつと』ってのは?」
「なぜタチバナなのですか?」
 甘酸っぱい果実の総称となる樹木は『キッド』のイメージではない。どちらかと言えば快斗のイメージの方が近い気もする。
 新一は「別に意味はねぇ」と笑っている。
「ただその字が思い浮かんだだけ。大事なのは字じゃなく音だからさ。快斗の兄弟ってのは嘘だってのがバレバレだし、従兄弟ってことでどうだ?」
 音。『きつと』という読み方にこだわりがある。
 キッドという夜にだけ生きる怪盗の人格を新一は認めてくれているのだ。
「悪くないね」
 快斗が抑揚なく言うと、新一はジロリと快斗を見た。
「気に入らねぇか?」
「私は気に入りましたけど?」
「気に入らないのは、名前じゃなくて、新一が名付け親ってこと。俺も新一に名前付けて欲しい……」
 快斗が気に入ってくれなかったのかと不安になっていた新一は、あんぐりと口を開けて呆れた。
「『快斗』ってのは盗一さんが付けてくれた大事な名前だろうが!」
 でも羨ましいんだも〜ん、と拗ねる快斗に、新一はさらに呆れながら言った。
「そんなに名前が欲しけりゃ付けてやるよ。イワシってのはどうだ? ヒラメでもいいぞ。でなきゃ、アジでもブリでもホッケでも……」
 魚の名前を連呼する新一に、快斗は「いやぁ〜!」と耳を塞ぐ。
 その様子をキッド、いや橘斗は平然と見ている。
「ん?お前は魚キライじゃねぇのか?」
「見たり食べたりは遠慮したいですが、名前ぐらいはなんともありません」
 怪盗としての質が濃い橘斗は、嫌いだという気持ちはあっても名前だけで動じたりしないようコピーされたのだろう。
 何から何まで同じ二人とはいえ、微妙に違うところがあることに、新一はちょっと嬉しくなった。
 全てが同じではつまらない。
 新一は、快斗も橘斗も好きなのだから。
「なんか魚の名前言ってたら腹減ってきた。メシなに?」
「チキンの冷製サラダ」
 耳をまだ塞ぎながら、快斗が答える。
「俺、サーモンマリネが食いたい……」
「「しんいちっ!!」」
 声を揃えて抗議する。
「クスッ、始めて名前呼んだな?」
「あ……………」
「いいんだよ、それで。よろしくな? 橘斗」
「よろしく、新一」
 にこやかな笑顔に魅了される。
「んじゃ、仲良く3人でメシにしようよ?」
「おうっ」
 ベッドから降りようとして、下半身に痛みが走る。
「いっ!」
「新一、私が運んであげますよ?」
「ん、サンキュ」
 新一は素直に橘斗の首に腕を絡めた。
「あ、ずる〜い!」
 分身相手に嫉妬も何もないもんだ。
「ったく、3人で仲良くやろうって言ったのはおめぇだろうが!」
 新一は橘斗の腕の中から、快斗にキスをした。
「快斗……」
「ん?」
「橘斗も……」
「なんでしょう?」
 新一はとても柔らかな微笑みを浮かべた。
「今夜も3人で……………しようぜ?」
 快斗も橘斗も吃驚したように目をしばたかせ、ニッコリ笑った。
「しんいちってば……?」
「よろこんで♪」
 3人は笑いながら階下へと降りていった。










 二人きりの蜜月は終わった。
 今日からは三人での『甘い生活』。