-番外編 June Bride-
レースを縫い付けた糸をチョンと鋏で切る。
「かんせ〜い!」
快斗は大きく伸びをした。
完成したドレスは、一週間後に快斗の元・妻だった中森(もう戸籍上は『白馬』になっている)青子が着る、快斗がデザインから縫製まで一人で手がけたこの世に一着しかないウエディング・ドレスである。
「終わったのか?」
ドレスをスタンに着せていく快斗の背後から、新一の声がかかった。
「うん、どう?」
「いいデザインだな」
お世辞でも、贔屓目でもなくいいデザインだと思う。
ふんわりと広がったスカートにウエストでの切り返しはなく、胸元から一気に裾まで繋がっている。
襟元はスクエアにカットされ、レースがあしらわれて、ところどころに白いリボンが縫い付けてある。
ノースリーブの袖ぐりには、シンプルなフリル。
あどけなさの残る青子の良さを損なわずに、『MOON』らしいエレガントさを出している。
「でしょ?」
「あぁ」
隣にあるオフホワイトのモーニングとのバランスもいい。
「快斗のマリエ、第1号だな」
新一の言葉に、快斗は困ったような顔をする。
「…………違うよ」
「え?」
「俺が作った最初のマリエは他にあるんだ」
新一は、記憶を探った。
快斗のデビュー、いやその前からずっと見てきたのだ。
洋裁学校に通っていたころの作品も、デザイン画も全て見せてもらった。
快斗の作品で知らないものはない。
僅かに離れていた時でも、快斗の作品は全てチェックしていた。
「知らなくて当然だよ。誰にも見せたことないんだから」
誰にも……つまりスタッフ達も知らない、ということは、この青子のドレス同様、快斗がデザインから縫製まで一人でやったということなのだろう。
いったい誰のために、そんなドレスを作ったというのだろう?
自分が知る中で、快斗がそこまでしてマリエを作るような相手は思い浮かばなかった
(誰のために……?)
新一にはそれが気がかりだった。
「幸せものだな……、そのマリエを着た人は」
誰ともわからない相手に嫉妬している新一がいた。
(俺は快斗とは結婚できねーもんな……)
時々、望んだ相手とはいえ、同性同士であることが苦しくなる。
男性と女性ならば当たり前のことが、二人の間では当たり前ではなくなるから。
新一の顔が僅かに曇ったのを、快斗は見逃してはいなかった。
「新一、ちょっと来て」
快斗がグイッと腕を引っ張った。
「か、かいとっ! なんだよ?」
「いいから!」
快斗は新一の手を引いて、2階へと上がっていった。
引っ張っていかれたのは、物置になっている部屋。
暗黙の了解でテリトリーが決まっていて、新一は快斗のものには手を触れないし、快斗も新一のものを無断で見たりはしない。
快斗の持ち物が置かれている奥の方から、快斗は大きな白い箱を引っ張り出してきた。
「開けてみて?」
促されて、新一はその箱の蓋を開けた。
出てきたのは、純白のウエディング・ドレスだった。
「これ……?」
「俺のマリエ第1号」
新一は改めてそのドレスを見た。
半円を丸めたようなスリットが前に入っていて、後ろの裾は長く引かれている。
腰にボリュームがある、たっぷりとしたドレープ。
タイトなラインがシャープなイメージを与えている。
ウエストには深いV字の切り返し。
大胆に開いた胸元に、白いオーガンジーのショールをかけて、パールのブローチで止める。
シンプルなのに、ゴージャスで、快斗らしいエレガントなテイストがある。
とてもいいマリエだと、新一は思った。
けれど……。
(なぜ、ここにあるんだ?)
誰かの為に作ったものなら、その人の手に渡っているハズ。
それが、快斗の手許にあるのは、なぜなのか?
いくら考えても、答えは出なかった。
「前にさ、マリエのショーをやってみたい……って言ったの覚えてる?」
「あ? あぁ……」
会社を興してすぐのころ、快斗から「ショーをやりたい」と相談を受けたのを、新一は覚えていた。
というか、忘れるはずがない。
快斗は『結婚』か『家族』をテーマに出してきて、自分はその両方を却下したのだ。
そして、『SIN』を立ち上げることを勧めたのだ。
(ひょっとして、そん時の試作品か……?)
新一はそう考えて、すぐさまその考えを否定する。
それならば、快斗のスタッフ達の誰一人知らないということはないだろうから。
「このマリエは新一のイメージでデザインしたんだ……」
「……お前、俺を女の代わりと思ってるのか?」
新一は静かに激昂した。
例え、ベッドの中での役目が受ける側であっても、新一は男だ。
男としてのプライドがある。
自分のイメージで、ウェディング・ドレスをデザインしたと言われては、黙ってはいられない。
「違うよ。ちゃんと話、聞いて?」
新一の手を取る快斗に、新一は黙って頷いた。
「ショーのテーマ考えたの、新一がいなくなった時だった……」
「……………」
あの時のことを言われるのは、正直つらい。
自分が傷付くのが怖くて、全てに目を背けて逃げ出したのだから。
黙って俯く新一を、快斗はそっと抱き締めた。
「新一が突然姿を消して、訳がわからなくなってた。酒に溺れて、仕事も手につかなくって……」
それは、新一が初めて聞く二人の空白の時間だった。
「白馬が青子のことで話をしに来て、アイツの口から新一が青子のことを聞いたんだってわかった」
快斗は、ゆっくりと思い出すように、言葉を続けていく。
「青子のことも、新一のことも、中途半端にしていた俺が悪かったんだ。俺が新一を追い詰めた」
「ッ……」
何かを言おうとする新一の唇に、黙って聞いてと人指し指が押し当てられる。
「だから、俺は新一にメッセージを送ろうと思ったんだ。『新一と結婚したい』、『新一の家族は俺だよ』って。ショーを開けば、どこにいても新一は見てくれるだろう? スタッフにそのことを話した夜だよ、このデザイン画を描いたの」
新一のことを女として見たことなんかなかったけど、男と男の結婚がどんなものかなんて知らなかったから、新一のイメージでマリエをデザインしたのだ、と快斗は言った。
「着てもらうつもりなんかなかったし、ホントは見せるつもりもなかったんだ……」
ただ、新一に帰ってきて欲しいという想いが多すぎて、デザインするだけでは我慢できずに、実際に形にしてしまった。
でも、こうして新一とまた一緒に居られるだけで充分だから。
このドレスは自分だけの想いの証として、封印しておくつもりだったのだ。
「かいと……」
感極まって、新一は強く快斗を抱き締めた。
『法的に認められないから結婚できない』と考えていた新一と違って、快斗は『法的に認められなくてもいいから結婚しよう』と思っていてくれたのだ。
熱い抱擁とキスを交わして、新一は改めて箱の中のマリエを見つめた。「………着てやる」
小さな声で新一は言った。
「え?」
それが聞き間違えかと、快斗は聞き返した。
「一度だけだからな! これが最初で最後だからな!」
「しんい…ち……?」
誰も認めてくれなくてもいい。
けれど、快斗の溢れるような想いが詰まったこのマリエは、自分のものだ。
ドレスを着るなんて、ホントは考えたくもないけど、快斗の想いに応えたい。
「神様も法律も認めてくれなくても、結婚してくれるんだろう?」
「あ……」
快斗は何度も頷いた。
言葉は、出なかった。
「お前もなんかそれなりの格好しろ」
新一はそう言うと、箱ごとマリエを抱えて出て行った。
「快斗、これでいいのか?」
恥ずかしそうに書斎へと戻ってきた新一を見て、快斗は言葉を失った。
「すごい綺麗……」
「バカ……」
華奢な身体つきとはいえ、新一は男だ。
丸みのない身体に、ドレスが似合うとは思えなかった。
「う〜ん、でもドレスだけじゃ様にならないか……」
快斗は花瓶に挿してあったカサブランカを引っこ抜くと、水気を拭き取り、青子のドレスに使ったリボンの残りでクイッと束ねた。
「間に合わせだけど、ブーケがないと物足りないでしょ。あと、指輪もあるといいんだけどね」
快斗が新一の手にブーケを持たせながら言うと、新一はドレスの裾を摘んでマホガニーのデスクへと向かった。
一番上の引き出しを開けて、そこから小さな箱を取り出して、それを快斗に放り投げた。
「ほらよ」
「え? 開けていいの?」
新一がコクンと頷くのを見て、快斗はオレンジ色の包み紙にかかった茶色のリボンに手を掛けた。
2つ並んだプラチナのプレートがついたペンダント。
シンプルなプレートには、二人のイニシャルがそれぞれ刻まれている。
「指輪じゃねぇけど、なんにもねーよりマシだろ?」
「……じゃなくって! なんで……?」
「お前の誕生日にって思って用意しといたんだ」
快斗の誕生日は、青子の結婚式の前日に当たる。
「新一……」
「誕生日のプレゼントには、何か違うものを用意するから」
「いいよ…、これでもう充分……」
快斗は泣き出しそうなくらい嬉しかったのだから。
スピーカーから流れる音色は『アヴェ・マリア』。
サイドボードの上に、即席の祭壇を作る。
別に、神様に誓うわけではないから、燭台を置いて蝋燭を灯しただけの祭壇だ。
燭台の前に、2つのペンダントを置いて。
「工藤新一、貴方は生涯、黒羽快斗を家族とすることを誓いますか?」
「はい、誓います。黒羽快斗、貴方は生涯、工藤新一と共に苦難を乗り越えることを誓いますか?」
「はい、誓います」
二人見つめあって、お互いの胸にペンダントを飾る。
新一の顔を隠していたヘッド・ドレスを後ろへと追いやって、誓いのキスを交わした。
かけがいのない貴方と、
永遠に変わらない愛を誓う―――。
藤宮葵様のキリリク『June Bride』でした。書き始めた時はそのつもりじゃなかったんですが、微妙に快斗バースデー記念に(笑)。 RED-INDEX