探偵秘書りゅうの業務日誌 3
「新一〜、見て見て〜♪」
スキップでもしてそうな勢いで入ってきたのは、この工藤国際探偵事務所の居候…もとい、準所員である黒羽快斗である。
IQ400という人並みはずれた頭脳を持った、優秀な所長のパートナーである。
そんな優秀な人材がなぜ『準』という肩書きしか持たないかというと、彼には『天才マジシャン』という別の顔があるからだ。
それ以外にも、『確保不能の怪盗キッド』という顔もあるのだが、今に限っては無関係なことなので置いておく。
「所長は外出中よ。まもなく戻る予定だけど」
「ちぇ〜残念。新一に一番に見せたかったのに〜。ま、しょうがない。りゅうさんに一番は譲ってあげよう」
「はいはい」
とってつけたような言葉も、りゅうは慣れっこである。
黒羽快斗が持って来たのは、大きな紙の筒。どうやら駅貼りようのポスターのようだ。
りゅうも、キーボードを叩く手を休め、快斗が広げたポスターを見る。
黒いタキシードを着て、肩に白いハトを乗せた快斗が中央でスポットライトを浴びてポーズを取っている。
見慣れた顔ではあるけれど、こういう姿は珍しく、普段よりさらにカッコよく見せている。
「あら。カッコいいじゃない」
「デショデショ♪」
りゅうは近づいて、今度はじっくりとそれを見る。
黒い背景に白い文字が浮かぶ。
『今宵、貴女を夢の世界へ〜黒羽快斗・今世紀最大のイリュージョン』
下のほうには小さく、『5月28日、杯土シティプラザ大ホール』という文字と、チケットの値段や興行主の名前が書かれている。
「今度のショーのポスターがなんだ♪ ここにも一枚貼らせてね〜」
所長の了解も秘書の了解も得ないまま、快斗はポスターを壁に貼っていく。
「ここに貼っても宣伝効果はないと思うけど?」
ここを訪れる客など、一日に一人いるかどうか。
仕事がないわけではない。
このビルは入館が厳しく、あらかじめアポイントのない客は通さない。
また、依頼の多くはネットを介して入ってくるし、所長はアームチェアーディテクティブではなく現場主義者である。
だから、所長自ら赴くことが多いのだ。
それに……、所長が出掛ければ、必ずといっていいほど仕事を拾ってくるので、ここに依頼に来る客が少ないのだ。
「宣伝効果は充分だよ〜。ただ一人に見てもらえばいいんだからさ!」
「あらそう」
りゅうは呆れたように、溜息をついた。
快斗の言う『ただ一人』とは、無論りゅうのことではない。
この事務所の所長にして、泣く子も黙る名探偵、日本警察の救世主、工藤新一のことである。
この二人がラブラブバカップルであることは、りゅうも承知しているし、それをからかいもするのだが、さすがに食傷気味だ。
「快斗君、所長が戻ってくるまで、お茶にしましょう? ケーキもあるわよ?」
ケーキという3文字に、快斗は弱かった。
そして、2時間が経って。
「新一、遅いなぁ〜」
「また、どっかで事件を拾っちゃったみたいね」
「俺、これからこのショーの打ち合わせがあるから、そろそろ行かないと……」
快斗は、また夜に顔を出すから、と言い置いて出て行った。
「ただいま〜」
所長が戻ってきたのは、それからさらに1時間後だった。
入った瞬間、なんとなく部屋に違和感を感じる。
白いはずの壁が黒くなっている。
秘書で、このビルのオーナーでもあるりゅうが、金に糸目をつけずに設えた部屋である。
そんな中途半端な模様替えなどするはずがない。
ならば、なぜ?と、違和感を感じた方に目を向け、新一は固まった。
壁一面を覆うように、快斗の顔が並んでいる。
そう、快斗が貼ったポスターは一枚ではなかったのだ。
「おかえりなさい。新一所長」
りゅうが苦笑を浮かべながら、迎えてくれる。
「1時間ほど前まで所長の帰りを待ってたんですけど、打ち合わせがあるからと出掛けられましたわ」
「……」
固まったままの新一からは返事がない。
「また、夜に寄りますって、伝言預かってますよ?」
「え? あ、あぁ……わかった」
ようやく固まりが解けた新一はデスクに戻ると、パソコンを立ち上げて、今日の報告書を打ち始めた。
「ちわ〜……あれ? りゅうさん! なんで剥がしちゃったの、俺のポスター!」
ほんの数時間前に貼ったばかりのものが跡形もなく消えていたことに、快斗は憤慨する。
「だってねぇ……」
意味ありげに、りゅうは新一を見た。
新一は、黙っていてくれとばかりに目配せをするが、りゅうはあっさりそれを無視した。
言わなきゃ言わないで、快斗が暴れ出しそうだから。
「所長が仕事しなくなるんですもの」
「は?」
「見蕩れちゃって、ぜ〜んぜん仕事してくれないの。さすがに困るから、剥がさせてもらったのよ」
りゅうが奥のテーブルを指差す。
そこには、剥がされたポスターが、キレイに丸めて置かれていた。
「……新一、マジ?」
「……………」
新一は何も言わないが、顔を見れば一目瞭然なほど真っ赤になっていた。
「でもでも、いままで俺がいたってそんなことなかったじゃん?」
「……………」
「反則、だそうよ」
何も言わない新一の代わりに、りゅうがフォローを入れる。
新一にとっちゃ、ありがた迷惑なことだろうけど、そのままにはしておけない。
話を聞くまで快斗は動かないだろうし、快斗が本気で拗ねだしたら、ケーキぐらいじゃ手に負えなくなるのがわかっているから。
「所長曰く、『こんなカッコいい姿、俺でも滅多に見れない』んだそうよ?」
「新一〜♪」
快斗が新一に飛びつくのを見て、りゅうはパソコンの電源を落とした。
今日はもう仕事にならないのがわかっているから。
「快斗君、とっとと所長をテイクアウトしちゃって頂戴。あ、明日は午前中にスケジュールないから、昼からでいいわ」
「りょ〜か〜い♪」
それじゃあお先に、とりゅうは事務所を出て行った。
「フフフ、ほんとあの二人と一緒だとネタがつきないわ。哀ちゃんも、いい人紹介してくれたわよね〜」
部屋を出たところで、りゅうは一人ごちる。
閉められた扉の向こうでは、いまやラブシーンの真っ最中であろう。
それを覗くようなヤボはしないけれど、りゅうは明日、なんと言ってからかおうかと考えていた。